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ジャニオタ1年目総括

 もうすぐでジャニーズの世界に転がり落ちて1年が経とうとしている。そんなとき「ジャニヲタ1年目は今しかないんだぞ」こんな言葉が降ってきた。そうだ!この激動の1年を文章にしなくては!そんな思いでこの文章を書き始めた。


この1年目を振り返る前にジャニーズの世界に転がり落ちる前のお話もちょこっとしようかな〜と思う。

それは高校1年生のころ、ジャニーズで初めて好きになったのが中山優馬くん。と言うか中山優馬を好きになったらジャニーズだった。どんな初めましてだったかは覚えていないけれど「中山優馬w/B.I.shadow 悪魔の恋」のCDを買って夏休みは毎日のようにPVを観てた。「恋して悪魔バンパイアボーイ」のドラマも食い入るように見てたし、その年の紅白歌合戦にNYCとして優馬くんが出たときもテレビの前全力待機で観てた。かといって当時の我が家にはBSが付いていなかったから少クラなんて見られなかったし、そんな番組があることすら知らなかった。そんなこんなで今で言うような茶の間状態。それに自分自身の反抗期やら、大学受験やらが控えてたことが重なって優馬くんからは離れていった。

ちょうどあたしが優馬くんから離れてた頃に今度は母が嵐にハマっていった。ひみつの嵐ちゃん内のコーナーマネキンファイブでファンの人が投票できるイベントに連れていかれては真夏の赤坂サカスで5.6時間並んだ。しまいには「なんで嵐本人がいないのにこんなに並ばなきゃ行けないの?!」って大声で愚痴をこぼした。その瞬間確実に周りにいた嵐ファンの方を敵に回したと思う。いまその方たちに全力で謝りたい。そしてその時代を知らない方たちには嵐さんがコーディネートした「服」を見るために5.6時間並ぶ狂気の時代があったことを知っておいて欲しい。ただ、生まれて初めて行ったコンサートが嵐の国立競技場だったって言うのは母に感謝しかない。いつの年かは忘れてしまったけど台風が直撃ときだったのは覚えてる。天井から5列目ぐらいだったため嵐さんが米粒よりも小さかった。数ヶ月後のライブDVDを見てこんなことしてたんだ〜(笑)なんて母と話してた。でも全会場が見渡せたあの席からファンの人だけが歌ったA・RA・SHI A・RA・SHI for Dream〜♪には鳥肌がたった。今でこそ素敵な経験だったと思えるけれど当時のあたしは「全部母がお金出してくれて話題のコンサートに行けるなんてラッキー!」ぐらいにしか思ってなかった。ミーハーもいいところだ。その後何回か嵐のさんのコンサートに連れていってもらった。2年前くらいから母はHey! Say! JUMPにもハマり出してあたしが軽い気持ちで「もう嵐のコンサート当たらないしJUMPのコンサート行こう」なんていったら「いいねー!」なんて乗り気でFC会員になりコンサートに連れていってくれた。はたから見たら娘の付き添いに母が来ている図なのだが本当は母の付き添いで娘が来ているのだ。そんなこんなで母の付き添いで楽しい思いを沢山させてもらっていたのだが私自身はジャニーズには熱中すること無く、ジャスティン・ビーバーやOneDIRCTION、西野カナさんにハマったりしながら月日が流れていった。


そして2014年12月24日、Hey! Say! JUMPジャニーズWESTが週交代で出演するバライティー番組リトルトーキョーライブのクリスマスSPが放送された。この日の放送であたしは衝撃的な出会いを果たす。10月から2グループ週替わりで始まったこの番組をこれまでJUMPの週は何回か見たことがあった。しかしジャニーズWESTさんを見るのはその時が初めてだった。「妄想ライブ」と名付けられたコーナーで視聴者のデートでの妄想シチュエーションを実演していくのだがその時の重岡大毅くんの妄想シュチュエーションで彼の笑顔を見た瞬間雷が落ちてきた。「なんだ このアイドルスマイル120%の人わーーーーー!!!!!!!」って。
それがこちら↓↓↓

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ここから一気にジャニーズWESTという存在があたしの中に入ってきた。歌を歌っては普通に上手いと思った。ジャニーズにこんな人たちがいたの???!って。


この突然の出会いから年が明けて大学のテストやらなんやらが落ち着いた1ヶ月半後の2015年2月の2週目、10日ぐらい何の予定もない期間が生まれた。その期間にドラマ「ごめんね青春」と「アゲイン」を一気に見て、動画サイトでは「少クラの昔話シリーズ」からパフォーマンスしているものまでありとあらゆるものを探しては見て、文字通り転がり落ちるようにジャニーズWESTにハマっていった。それからまいジャニのWESTさんにお手紙を書いた回を見ては泣きながら大笑いして関西ジャニーズJr.も大好きになっていった。

このことから、あたしはこの時期をジャニオタの始まりと呼んでいる。

そしてついにこの時期「ザ少年倶楽部」という番組を知ったのだ。ありがたい事にいまのテレビ環境下ではBSが見れる。しかしこの番組の存在を知ったとき既に2月の3週目に入ってしまっていたのであたしが少クラを見始めたのは2015年3月からとなる。(少クラは第1第2水曜日放送の同週金曜日再放送なのだ。)
少クラまでの期間何をしていたかといえば同じ動画を繰り返し見たりTwitterジャニーズWESTさんに関する情報を集めに集めまくった。そう!ちょうどその時期Myojoの1万字インタビューがジャニーズWESTさんだったので今ででいるものを読んでは大泣きし、BOOKOFFにいってバックナンバーを探して読んでは大泣きした。あの1万字インタビューを読んでWESTさんを嫌いになる人なんていないでしょう??

そして時は同じく少クラの放送を待っていたこの時期あたしはジャニーズWESTさんにハマるきっかけが重岡くんだったのにも関わらず神ちゃんの存在が気になって気になって仕方がなかった。そして舞台 ブラッドブラザーズの記事が載っている雑誌をいくつか購入している。
 その中の1つSTAGE Squareで現在担当と名乗っている京本大我くんとの初めましてを果てすこととなる。ブラッドブラザーズの記事を読み終わったあとパラパラとほかのページを見ていたらこのページにどことなく惹かれてテキストを読んだのだ。

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テキストを読んだ後の第一印象は「お仕事に対する考え方が素敵な人だな〜」ってこと。「オーディションの日の夜はやりきった感でぐっすり眠れた。受かるとは思っていなかった。これをいい経験としてもっとミュージカルの勉強をしたいと思った(ニュアンス)。」と言っていて清々しい人だなって。そしてプロフィール欄に目を通すとジャニーズJr.として活動中。.....え???この子Jr.なの???状態である。

その後母に「雑誌読んでたらお仕事に対する考え方が素敵な子がいてね〜京本大我くんっていう子なんだけどね〜Jr.なんだって〜」と言ったら母はすかさず「あー!京本政樹の息子でしょー!!」と言ったのだ!もう意味が分からなかった。まずなんで母が京本くんの存在を知っているのか。さらに京本政樹さんの息子さんだったなんて!確かに苗字一緒だけど全然気が付かなかったよーーー!!!!(発狂)である。

そこからあたしはJr.という存在に興味を持ち始めた。Jr.と聞いてまず頭に浮かんだのはB.I.shadowの高地くん。ゆまB.I.のPVで何度も見ていたこと、我が家では日曜のお昼といえばスクール革命枠の番組が流れていたということから真っ先に浮かんだのが高地くんだった。彼はスクール革命以外のお仕事は何をしているんだろう?となったのだ。そこでまたまた動画サイトの登場である。調べてみると「バカレア組」というものが出てきた。そこではめっちゃカッコいい高地くんが踊っていたのだ。あたしの中で高地くんはゆまB.I.の時で止まっているもんだからすったまげた。よく見ると同じB.I.だった北斗くんもいてこりゃまたセクシーな男性になっててすったまげた。またまたよく見ると慎太郎くんもいてすったまげた。慎太郎くんにいたってはすったまげたどころではない。なぜかあたしの記憶の奥底に「スノープリンス合唱団のセンター=慎太郎くん」というキーワードが眠っていたのだがその記憶が瞬時に蘇りえ?あれ??同一人物???てな感じである。他の動画を見ては筋肉マッチョマンのアクロバット決めちゃう系男子になっていて完全に浦島太郎気分である。この時はこの3人の衝撃が大きすぎて京本くんの存在が見事に記憶からすっ飛んでいた...。

京本くんをバカレアのメンバーとして認識したのが3月放送分の少クラである。彼らは先輩たちの曲をメドレーで披露したのだかその中に京本くんもいて「あ。ホントにいる。ホントにJr.なんだ〜」というような第2印象で意外とあっさりしていた。この時の1番はやはりジャニーズWESTだったのだ。


その後ガムシャラとまいどジャーニ〜という番組の存在を知り、Jr.という存在をより近く認識するようになる。

このあたりから就職活動が忙しくなるので新しい情報収集はあまり出来なくなった。就職活動中はジャニーズの曲に大いに支えられた。朝早くから会社説明会や面接に行かなければいけない時はWESTさんの曲を聴いて目を覚まし、気合を入れた。ただ「ええじゃないか」が流れてくると「全然ええじゃないかちゃうわ!これから面接だ〜」と曲を飛ばした。それから関西ジャニーズJr.の「シルエット」と「鼓動」には泣かされた。就活疲れで精神ボロボロの朝面接に向かう電車の中で聴き始めたあたしがいけなかった。去年の5月6月にWESTさんがデビューする前、なにきん全盛期だったころの関ジュが画面の中で「君が辛いときは僕が代わりに笑うから〜♪」なんて歌ってるんだから泣くに決まってる。
それから「勝つんだWIN」。就職活動後半はこの曲ばかり聴いてた。「緊張に勝つんだWIN」「自分に勝つんだWIN」である。

就職活動をしているあいだは1度だけパリピポコンに行きエネルギーをチャージした。
そしてあれよあれよという間にバカレアはSixTONESになった。

SixTONESに対して強い興味を持ち出したのはクリエ終わって少したった頃かな?照史くんがブログで「慎太郎と樹と北斗と高地とご飯行ったー」みたいなことを書いてくれたのがきっかけでここ繋がってたんだー!と感動した。そこからそういえばWESTさんたちがJr.の頃出てたドラマやらなんやらに一緒に出てるな。と。そして慎ちゃんが照史くん大好きだと知り、北斗くんが強火濱田担だということを知り、6月15日樹くんハッピーバースデーの日のRの法則での樹くんの笑顔を見たとき重岡くんの笑顔に続く第2の衝撃が降ってきた。カッコよすぎじゃないですかーー!と。
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あ。ちょっとSixTONESに気になるかもと思っていたそんなときに日生 少年たちの発表となった。


日生の少年たちホントに行きたかったんだ。関西から康二くん大吾りん龍太くん、そしてSixTONES 今気になってる子のオンパレードだったんだ。忘れもしない。振込期限はSnow Manの出演が発表されたことによりすこし伸びて7月18日。7月上旬のあたしは持ち駒なくなる一歩手前の内定ゼロ。もうホントに崖っぷち。少年たち行きたいけどそれどころじゃなくてほぼほぼ諦めてた。そしたら7月20日、少年たち 振込期限の2日後 内々定のお手紙届いたーーー!!!正直な気持ちはなんで??!嬉しいんだけどホントに嬉しかったんだけどほんとに嬉しかったの。だけどなんでーーー??少年たち行けたじゃん_| ̄|○←である。本気で泣いた。もう色んな感情ごちゃ混ぜで泣いた。その会社さん最終面接の日電車の遅れて遅刻したし(ちゃんと連絡はした)(人事の人めっちゃくちゃ優しかった)けど一緒に受けたもう2人の子たちは「内定は頂いてますか?」の質問に「はい。」って答えててあ〜そうだよな〜。って「まだゼロです。」って答えるの別に気にしなくてもいいのにその時のあたしにとってはすごく屈辱に感じてしまって帰りの電車の中で泣いた。WESTさんのバリハピ聞きながら泣いてた。もうこの時点で重症。バリハピ聴いてんのに泣いてるから。「今日も超ハッピー♪」どころじゃないから。真逆だから。ホントに撃沈して、お家ついた瞬間大声あげて泣いた。そんな経験が報われた嬉しさと9月時間が出来たのに少年たち行けないことが決定したことの悲しさと感情ごちゃごちゃ!チケット探してみたけど条件に合う人見つからなくて、特別登録なんて登録したけど当たらないよね〜である。このチケット業務で闇の部分を垣間見ることとなる。定価+手数料〜の〜←ってなんだーーーー!

すのすとで少年たち再演してくれるまで日生の亡霊消えないので今年の9月お願いします!

就職活動が落ち着いて秋学期がはじまるまでの7月後半から9月いっぱい、この頃はJr.界隈が熱かった。ジャニーズWESTさんのお仕事お休み期でもあったためあたしの頭の中はJr.の事ばかり。といってもどの公演のチケットも手元になかったためサマステやら風 is やら少年たち、ドリボまでTwitterでエゴサしては毎日大笑いしていた。サマステの後半はTwitter見てるだけなのにその勝敗に一喜一憂して泣いた。この時期は自分でも恐ろしいくらいジャニーズの深みにハマっていたと思う。ハマりすぎてJr.に対していいことから悪いことまで考えすぎてしまって調べすぎてしまって自分自身ががしんどくなってしまった。このときにジャニオタをするにあたって「マイペース!大切!!」という自分ルールを作った。

時期を戻すと、この夏前半はサマステ出演者を中心にJr.界隈をあの子も気になるそっちの子も気になるとフラフラゆらゆらしていたのだが少年たちが始まる頃には次に降りるとしたらSixTONESの誰かだろうなと思うようになっていた。しかしちゃんとこの目で見極めたいと思い少年たちのチケット見つかって日生に行けるまではと決めないでいた。結局チケットは見つからないまま少年たちは大好評のうちに幕を閉じ、あたしの夏も終わった。


あ〜あ。SixTONESに次はいつ会えるんだー?と思っていた10月少クラでSixTONESが自身のオリジナル曲である「BE CREAZY」を披露したのである。何度も繰り返し聴きているときに気づいた。

BE CREAZYの歌詞

諦めず Want you 立ち向かえWant you(このまま...oh...) 
危ない道選んで 
運命を賭け 心燃やして (遠くまで Get dream, Get win)

このカッコ内を歌っている京本くんの美声に。本当に綺麗で力強かった。ブログに動画を載せられないのが悔しい。(手元に少クラの映像がある方は10月7日の回なので気になる方はご確認ください。)


この数日後、突然「京本くんの担当になったら楽しいんじゃない?」と天の声が降ってきたのだ。びっくりしたが脳内で京本くんの担当になったらシュチュエーションを想像したら本当に楽しそうだったのでするっとゆるっと担降りすることにした。


それからジャニーズワールドが発表され12月末本物の京本くん初めましてを果たした。正直少し不安だった。現場で見て担降りを決めたわけではなくテレビしか知らずに降りたので感じるものが違かったらどうしようと。
しかしそんな心配は無用だった。歌もダンスも全て大好きだった。本人は雑誌でたびたび「自分の武器は歌だ」と言っている。もちろん歌声も大好きなのだかダンスも立ち居振る舞いも全て鮮麗されていて綺麗だった。



京本くんの担当と名乗るようになってからジャニーズワールドの出演を始め、NHKドラマ 鼠小僧2への出演、舞台 スーベニアへの出演、舞台 エリザベートへの出演が次々と発表されて行き、つい先日には表向きは「勝利&健人with ジャニーズJr.」としてではあるが数秒間SixTONESがMステの画面を独占した。

こんなにも素敵なことが次々と起こっていいものなのかと目がまわるような毎日である。「京本くんもきっとお仕事頑張ってるからあたしも頑張ろう。」そんなふうに思える毎日が本当に楽しい。京本くんが雑誌などでお仕事に対する思いを、その時その時の正直な思いであろうものを話してくれることも嬉しいし刺激になる。尊敬できるお仕事に対する考え方や姿勢は第一印象から変わらない部分だ。対照的に少しずつ少しずつ京本くんに関する情報を集めるたびに新しい魅力の扉が開いていく感覚もある。次はどんな風に楽しませてくれるんだろう。そんなわくわくとドキドキが止まらない。これからの京本くんとSixTONESの未来を見てみたいし応援したいそんな風に思わせるものを彼は持っているんだと思う。




そんなこんなであたしのあっちへほいほいこっちへほいほいな激動のジャニオタ1年目は終わろうとしている。そして2年目、やはり第一優先は京本くんだが中山優馬くんジャニーズWESTさん、関西ジャニーズJr.は今でも家族のような感覚で応援しているので時間とお金に余裕があればコンサートや舞台も観に行きたい。

4月からは新社会人になるということも忘れずに人と比べず、楽しめる範囲で、マイペースに舞台やコンサートに遊びに行けたらな〜と思う。




以上、ジャニオタ1年目総括及び2年目への抱負でした。最後まで読んでいただきありがとうございました。